電車内やバスなどの公共交通機関を利用している際、視線が無意識に周囲の乗客に向いてしまう看護師もいるだろう。
相手の顔色や呼吸の状態、歩き方、姿勢など瞬時にアセスメントしてしまうのが、看護師ならではの習性と言える。
例えば、向かいに座っている人の顔色が優れなかったり、呼吸が少し浅そうだったりすると、その原因を病態と結びつけて推測し始めるのだ。
浮腫の有無を確認するために足元を注視したり、頸動脈の拍動を目で追ったりする癖は意識して止められるものではない。

混雑した場所で誰かが激しく咳き込んだり、ふらついたりすると脳内では即座に緊急事態を想定したシミュレーションを開始する人もいる。
もしここでその人物が倒れた場合、周囲の安全をどう確保しどのタイミングで声をかけるべきか瞬時に組み立てる。
近くに設置されているAEDの場所を把握し、救急車を呼ぶ動線まで考えてしまうのは現場で鍛えられた危機管理能力の現れだろう。
プライベートの時間でも、潜在的なリスクに対するアンテナは常に張り巡らされており、完全に休息モードに入ることが難しい。

また、新幹線や飛行機などの密閉された空間では、万が一の急病人の発生に対する緊張感がより一層高まる。
いわゆるドクターコールがかかった際に、自分に何ができるか心の中で整理し、救急キットの内容を想像してしまうも看護師もいるだろう。
こうした過剰なまでの備えは少し疲れを感じさせる要因だが、それは他者の異変にいち早く気づき、命を守ろうとするプロフェッショナルとしての誠実さの裏返しでもある。

リラックスしているように見えても、看護師の頭の中は現場と同じように観察眼が働いている。
こうした癖は仕事とプライベートの境界線を曖昧にする一方で、自分や身近な人々の健康を守る強力な武器にもなっているはずだ。
周囲の状況を把握し最悪の事態を想定して動く習慣は、もはや性格の一部として定着している。
職業病と言える行動を否定するのではなく、自らのアイデンティティとして受け入れることが看護師人生を全うする鍵となるだろう。